小倉孝誠『「フランス文学」はいかに創られたか 敗北から国民文学の形成へ』(白水社、2025年)/ 足立和彦
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フランス文学史の教科書といって、真っ先に思い出すのは白水社の『新版 フランス文学史』(饗庭孝男・加藤民男・朝比奈誼編、1992年)だ。それもそのはず、大学院入試の勉強の際、蛍光ペンを塗りまくって勉強したのがこの本だった。随所に長めの引用があって作品の雰囲気を感じ取れるのがよく、おかげであまり退屈せずに通史を概観できたと記憶している。
爾来、幾星霜(大げさ)。仏文学史全体を眺め渡す機会などそうそうなかったので、私の理解は院試のときからほとんど進歩がないままだ。我ながら情けないが、試験勉強って大事なもんだなと今さらながらに思う。文学史の教科書というのも有難いものだ。
そんな個人的感慨はともかくとして、改めて考えてみると、当時は大学院の入試=文学史の勉強、という等式はほとんど自明で、自分が何の疑問も抱かなかったことに思い至る。なるほど、どの時代を専門として研究するにせよ、通史を知っていることは大切に違いないが、しかしそれはそれほど「当たり前」なことだっただろうか。
フランス文学を学ぶということは、その起源(中世)から現代(当時はまだ20世紀だった)までの歴史を理解し、そこにフランスの「国民性」とかフランス文学を貫く「精神」を認識することだと、私は知らず知らずのうちに刷り込まれていたのではなかったろうか。そして歴史を知るとは、世紀で区切られた各時代の特徴を踏まえ(理性の17世紀、啓蒙の18世紀、感性の19世紀?)、詩・戯曲・小説といったジャンルごとに代表的な作家と作品の名(ラシーヌ、ルソー、そしてユゴー!)を覚えることだと、これも無条件に信じていたのではなかったか……。
かくして、純朴な学生は試験勉強を通して「フランス文学」とは何であるかを体得する。「制度」が正しく機能することで、やがてひとりのフランス文学研究者が誕生するに至る(ぱちぱち)。しかしてその実態は、光輝あふれるフランス文学の──ひいてはフランスの文化と伝統の──意義と価値の普及に努める「伝道師(あるいは宣教師?)」……という一面を持たないわけではない。
異国の一学生が教科書を通して学ぶフランス文学。それは実のところ、フランス人がフランス人のために作りあげた「フランス文学」なのではないだろうか(日本人の書く文学史もフランスのものをモデルとしている限りは)。そこに何らかのイデオロギーと価値観が含まれているのは言うまでもないことだ。フランス文学史を律儀に勉強するということは、そうしたものを(半ば無条件に)吸収することを意味するのではないだろうか。
だとすれば、そのフランス文学史なるものが、いつ、どのようにして「創られた」のかを知ることは、私が私自身を客観視し、(遅まきながらとはいえ)相対化するために欠かせないだろう。本書が私にとって重要なのは、以上のような理由によるところが大きい。
小倉孝誠『「フランス文学」はいかに創られたか 敗北から国民文学の形成へ』(白水社、2025年)は、タイトルに明示されているように、(18世紀末に)「フランス文学」という概念が生まれ、(19世紀末に)文学史という形で教育制度のなかに定着するまでの過程を検証するものである。
「第1章 日本の『世界文学全集』とフランス文学」では、まず、日本における「世界文学全集」の歴史が振り返られる。「文学全集」によって特定の作品が学ぶべきカノン(正典)として確定され、「古典による人格の陶冶」という教養主義を支えた。そこではフランス文学が大きな位置を占めていたことは言うまでもないだろう。もっとも、今日の視点から振り返るなら、「世界」と銘打たれながらも実際は西欧中心・男性中心だったこと、言い換えればアジア・アフリカなどの他地域、そして女性作家が蔑ろにされていたことは明らかだ。その点、21世紀に刊行された池澤夏樹編集『世界文学全集』全30巻は画期的なものだった。
「第2章 世界文学からフランス文学へ」では、そのような反省を経たうえでの、現代における「世界文学」論が概観される。多様性・流動性を前にどのようにして「世界文学」は語りえるのか? デイヴィッド・ダムロッシュ、フランコ・モレッティ、パスカル・カザノヴァらの議論が取りあげられている。
いずれも興味深い話題だが、ここまではいわば序論であり、本論は第3章以降と言ってよいだろう。「第3章 『国民文学』の誕生」では、まず18世紀末から19世紀初頭に活動したスタール夫人に焦点が当てられる。彼女は「私生活」を描く小説の利点を強調し、「国民を啓蒙する」ことが作家の役割であると考え、文学は「社会の表現」であるという思想を展開させた。『文学論』(1800年)では、古代との比較で近代が優れているとされ、ヨーロッパ諸国との比較でフランス文学の特質が規定される。「国民文学」という概念がまだ新しかった時代に、文学のうちに「国民精神」を読み取るのは画期的なことだった。スタール夫人はいわば比較文学や文学社会学の先駆者であり、「文学史を概念化することなく、そうとは知らずに文学史を実践」(96頁)したのだった。
次に、同じように「文学は社会の表現である」と認識したルイ・ド・ボナルドや、ドイツのフリードリヒ・シュレーゲルが取りあげられ、19世紀初頭に「国民文学」という概念が形成されていったことが確認される。
「第4章 文学史の成立とその争点」では、まず、文学史的な発想の背後にはより広い意味で「歴史学」の成立があったことが、オーギュスタン・ティエリーなどを通して述べられる。次いで、歴史学の観点から文学を論じたジャン=ジャック・アンペールに注目し、その他にも文学の歴史を綴った者として、ラ・アルプ、ヴィルマン、ニザールが挙げられる。最後に「忘れられた文学史家」として、1850-70年代にソルボンヌでフランス文学講座を担当したサン=ルネ・タイヤンディエが評価される。様々な人物の試行錯誤を通して、現在の我々が知る「文学史」が作られていったと言えるだろう。
「第5章 中等教育における文学史と歴史学」、「第6章 フランス第三共和政下の人文学の再編」は、章題の示すとおり、それぞれ中等・高等教育において、ラテン語の修辞学からフランス語の文学教育へと変遷していく様子がたどられる。そのパラダイムシフトは、「普仏戦争での手痛い敗北から立ち上がり、新たな共和政のもとで国民国家の再編成を志向する当時のフランスにとって、国家的な課題だった」(141頁)。国語を確立し、子どもに国民意識を植えつけることを目指す教育行政にあって、フランス文学は大きな役割を担ったのである。かくして、バカロレアの筆記試験はラテン語作文からフランス語作文に換えられ(1880年)、文学作品を論じる「フランス語小論文」が制定される(1902年)。ここで、中等教育で使われた「選文集」が取りあげられ、どのような作家が扱われていたかが検証されている。なかでも特権的な地位を与えられたのはヴィクトル・ユゴーだ。共和政を体現するかのユゴーは、「国民作家」に祀りあげるのに最適な人物だった。
普仏戦争の敗北を受けて、第三共和政下、ルナンやテーヌが高等教育の改革を訴えた。ルイ・リアールのもとに行われた大学改革の要点は、研究教育機関の多様化・専門化、研究・教育分野の多元化、学術雑誌の刊行などにあった。変革の結果、それまでマイナーだった理学部や文学部は、伝統的な法学部・医学部に比する地位を獲得する。人文学も再構築され、歴史学を中心に改革が進められた。歴史学には「良き市民を形成するという教育的な役割」(184頁)が求められていたのだった。
では文学の研究・教育はどうなったか。それが論じられるのが「第7章 ギュスターヴ・ランソンの試み」である。ランソンによって、「フランス文学史のあり方とその方法論が、ジャーナリズムや文学批評と一定の距離を置くことで意識的に練り上げられ、そのことをつうじて大学とアカデミズムの世界でその存在理由を主張」(190頁)してゆく。『フランス文学史』初版は1894年に刊行され、著者の名声を高めた。ランソンは1904年からソルボンヌの正教授となり、数多くの学生が彼の方法論で教育を受けて育ってゆく。
ランソンの『文学史』においては19世紀に大きくページが割かれ、それまで絶対的だった17世紀が相対化されている。なかば同時代と言える19世紀が「聖別化」されるのだ。重要なのは、過去を概観したうえで現在の文学を解説して価値づけることであり、そのとき、「文学史は共和主義的でなければならない」(193頁)ものとなる。世紀という単位の時代区分、ジャンルごとの叙述、「批評」と「歴史」を文学史の一部とする方針など、ランソン文学史の特徴は、その後のアカデミックな文学史や教科書でも踏襲されてゆく。かくして「ランソンがフランス文学史の枠組みを確定したことは否定できない」(194頁)。
著者はランソンに欠落していたものとして、フランス以外のフランス語圏文学、自伝・日記・書簡といったジャンル、そして女性作家の存在を挙げている。では、ランソンの教育原理はどのようなものだったのだろうか。それは、生徒が修辞学の支配から脱却し、真実を探求する「科学的精神」を身につけることにあった。そのことは「現実と真理にたいする謙虚で生産的な敬意」を学び取ることにつながり、だからこそ「文学史は、他の面では分断され、対立する同国人たちを近づける手段になる」(204頁)だろう。ランソンにとって文学史は「国民精神に影響する学問であり、社会の統一に資する知的手段」(206頁)だったのである。
では、ランソン以後に文学史はどう変化したのだろうか。「終章 現代のフランス文学史」では、21世紀に入ってからフランス、日本およびその他の国で書かれたフランス文学史が取りあげられている。これらはジャンルの多様化や、文化史的・社会学的関心などの点で従来の文学史と異なっているとしたうえで、著者は最後に、未来のフランス文学史の方向性を問い、主要な点として、「フランス語圏文学」への拡大、および忘れられていた女性作家の再評価を挙げている。
以上、いささか愚直に各章の内容をたどってきた。全体の構成は明快であり、堅実かつ適切に議論が進められてゆく。スタール夫人やランソンといった「大物」の多岐にわたる思想を簡潔にまとめる手際も見事ながら、日の目を見ることの少ないマイナーな人物にも光を当て、その正当な意義を評価している点も素晴らしい。本書を通読することで、18世紀末から20世紀初めまでの約100年のあいだに、国民文学という概念が成立し、文学教育の方法が体系化されてゆくプロセスをたどることができる。そこにおいて特に重要な契機は、第一にフランス革命後の歴史と国民国家への意識の芽生えであり、第二に、第三共和政における国民統合と市民の育成という理念だった。その意味で「フランス文学」は明確に政治性を帯びたものであり、そのことは現在においても根本的には変わっていないだろう。
ランソン『フランス文学史』(テュフロによる加筆を含む)の翻訳は1963年に刊行されている(中央公論社)。ティボーデの『フランス文学史――1789年から現代まで』(1952-54年、ダヴィッド社、60-61年に角川文庫)とともに、往年の仏文学生によく読まれたものだろう。ヌーヴェル・クリティックのあおりを受けてか、これらの文学史は廃れたが、その後も日本人の手になる『フランス文学史』は少なからず書かれてきた。はたしてそれらは「フランス人によるフランス国民のため」ではなく、「日本人による日本人のため」のフランス文学史(そのようなものがありえるとして)だったのだろうか。本書を読み終えた今、そんな疑問が頭に浮かぶが、今の私にはそれを判断できる資格も能力もない。
今、かつての純朴な受験生だった自分に、「フランス文学史を学ぶとはどういうことかを考えてみたらどうだ」と言ってやりたい気がしなくもない。そんなことを言われても、何のことかぴんとこない、ぼんやりした学生だったに違いないけれど。
![]() | 小倉孝誠 著 出版社 白水社 刊行年 2025年9月 ISBN 9784560093696 判型 四六版 頁数 248ページ 価格 2750円(税込み) |


