ゾラ、モーパッサン、ユイスマンス他『メダンの夕べ──戦争と女たち』(足立和彦/安達孝信訳、幻戯書房、2025年)/ 田中琢三
- 日本ヴァレリー研究会
- 2025年12月27日
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更新日:5 日前
1880年に刊行された『メダンの夕べ』(Les Soirées de Médan)は、エミール・ゾラ(1840-1902)、ギ・ド・モーパッサン(1850-1893)、ジョリス=カルル・ユイスマンス(1848-1907)、アンリ・セアール(1851-1924)、レオン・エニック(1850-1935)、ポール・アレクシ(1847-1901)という6名の自然主義作家による共同短編集である。ゾラ以外のモーパッサン、ユイスマンス、セアール、エニック、アレクシは、ゾラよりおよそ10才年下のいわば自然主義の第二世代の作家であり、この短編集の出版時には無名に近い状態であった。収録作は掲載順にゾラの「水車小屋の攻防」(L'Attaque du Moulin)、モーパッサンの「脂肪の塊」(Boule de Suif)、ユイスマンスの「背嚢を背負って」(Sac au dos)、セアールの「瀉血」(La Saignée)、エニックの「大七事件」(L'Affaire du Grand 7)、アレクシの「戦闘のあと」(Après la bataille)である。
パリ郊外の村メダンに『居酒屋』(L’Assommoir, 1877)の印税でゾラが購入した別荘があり、1870年代末にこの別荘にゾラを慕う若手作家たちが集まっていた。「メダンのグループ」あるいは「メダニスト」と呼ばれる彼らが普仏戦争をテーマとした短編を持ち寄って生まれたのがこの作品集である。『メダンの夕べ』は自然主義という文学運動のマニフェストとして、あるいは、モーパッサンの最高傑作とされる「脂肪の塊」を収録した作品集としてフランス文学史にその名を刻んでいる。しかし、日本では、そしてフランスでも事情はあまり変わらないと思われるが、モーパッサンの「脂肪の塊」を除けば、『メダンの夕べ』に収録された短編が一般読者の目に触れることはほとんどなく、朝比奈弘治氏によるゾラのL'Attaque du Moulinの邦訳「水車小屋攻撃」(『水車小屋攻撃 他七篇』、岩波文庫、2015年所収)はその数少ない例である。
つまり、この作品集はタイトルはよく知られているが、実際に読まれていない書物だったのであり、その意味において本邦初の全訳となる本書の出版はとても喜ばしいことである。そして、決してやさしくはない自然主義作家たちのフランス語を丁寧に訳された足立和彦、安達孝信の両アダチ氏には敬意を表したい。個人的な話になるが、評者が初めて『メダンの夕べ』を読んだ1990年代半ばにおいては、わが国のゾラ研究・自然主義文学研究は端緒についたばかりであって、バルザック研究やフローベール研究に比べると何周も遅れている状況であった。当時はこの短編集が全訳され刊行されることは夢のまた夢であり、本書の刊行は評者にとって感慨深いものがある。
足立氏がモーパッサンの、安達氏がゾラの第一線の研究者ということもあり、巻末の「注」「『メダンの夕べ』年譜」「訳者解題」の充実ぶりには目を見張らされるものがある。「注」は特に普仏戦争に関する地名や人名が有益である。また、「『メダンの夕べ』年譜」では、ゾラ、モーパッサン、ユイスマンスだけではなく、セアール、エニック、アレクシの人生と作品も時系列に記載されており、これらマイナーな自然主義作家について、日本語で情報を得られることは貴重である。そして、足立氏による「訳者解題」は、この作品集が出版された経緯、各作家の紹介、普仏戦争の解説、この短編集の全体的な特徴、各作品の分析、当時の反響など、読者に必要な情報が過不足なく提供されている。指摘すべきは、「注」にせよ「訳者解題」にせよ、両アダチ氏の良心的な仕事によって、フランス文学の知識がない読者からゾラの専門家まで誰が読んでも満足できるものになっていることである。
しかし、評者が本書を最も評価したい点はその翻訳の質の高さである。『メダンの夕べ』に収められた6作の短編は、同時代のエデュアール・ロッドやテオドール・ド・バンヴィルの批評(本書414頁参照)にみられるように、かなり個性的であり、内容・文体ともに多様であるが、両アダチ氏はいずれの小説においても、例えば関西弁などを使うなどして、各作品の雰囲気にマッチした日本語に移し替えることに成功しており、自然主義小説であるがゆえに頻出する隠語や俗語も巧みに翻訳されている。率直に言って『メダンの夕べ』の前半に収録されたゾラ、モーパッサン、ユイスマンスの作品と比べると、後半のセアール、エニック、アレクシのそれは文学作品としての完成度において見劣りすることは否めないが、その差は翻訳の上手さによってある程度カバーされているように思われる。
前述のように『メダンの夕べ』は文学史的には自然主義のマニフェスト的テキストとして扱われているが、他方で、近代フランスの歴史に関心を抱く者にとっては、1870年の普仏戦争を共通のテーマとしているのが興味深い点であろう。普仏戦争の敗北は、その直後のパリコミューンの惨劇とともに、とりわけフランスの知識層に衝撃を与え、そのトラウマは19世紀末の右翼ナショナリズムの台頭やドレフュス事件の発生の大きな要因となった。そして、わが国における第二次世界大戦がそうであるように、過去の戦争を語ることは往々にして語り手の政治思想を反映した言説となるが、『メダンの夕べ』においてはそうしたイデオロギー性は見られず、その非政治的なスタンスがこの短編集を特徴づける重要な要素となっている。
本書の「訳者解題」でも言及されているように、敗戦後のフランスでは愛国的な詩や物語が巷にあふれていた。クロード・ディジョンによると、普仏戦争を題材にした当時の大衆小説はパターン化され、次のような特徴を持っていた。個性豊かなフランスの義勇兵が人並み外れた活躍をする、局地的戦闘の勝利を描いて敗戦の印象を覆い隠す、プロシア軍のスパイを登場させてフランス軍の正義を強調する、プロシア兵を残忍で意地悪く偽善的な人物として描く、などである。そして、このようにフランスに都合よく脚色された物語は、プロシアに対する鬱憤をはらし、敗戦で傷ついた国民感情を癒すものにほかならなかった(Cf. Claude Digeon, La Crise allemande de la pensée française 1870-1914, PUF, 1959, pp. 50-72)。発表当時における『メダンの夕べ』の革新性は、何よりもこうした愛国的・大衆迎合的な要素を意図的に排除したことにある。モーパッサンの言葉を借りれば、この短編集は戦争を「ただ単に真実である」(1880年1月5日付のフローベール宛の書簡:本書384-385頁参照)ように描いたものであり、普仏戦争の「自然主義的な」ヴィジョンを示すものだといえよう。
もっとも、『メダンの夕べ』に収録された作品群は、フランス軍とプロシア軍の戦闘を記録したものではない。この短編集において、両軍の戦いが直接的に描かれているのはゾラの「水車小屋の攻防」のみであるが、劇的な展開を見せるこの物語は完全なフィクションである。そして、「水車小屋の攻防」以外の作品、つまり自然主義の第二世代に属する作家は戦闘の場面を描かず、戦争の舞台裏をさまざまな角度からさまざまな文体で語っている。モーパッサンは人身御供にされる娼婦を、ユイスマンスは病院をたらい回しにされる兵士を、セアールは軍の上層部の腐敗を、エニックは兵士たちの突発的な暴走を、アレクシは寡婦とフランス兵の情事を描いているのである。
これら第二世代の作家の小説のうち、直接プロシア兵が登場するのは「脂肪の塊」だけである。この作品では背景としてフランスとプロシアの対立の構図はみられるが、最終的には娼婦をめぐって両者に共通の利害関係が生まれている。他の作品はフランス軍側の内実、あるいはフランス兵の行動を描くことにほとんど終始している。例えば「瀉血」ではプロシア軍にパリが包囲されているという状況はあるものの、総司令官の当面の敵は暴動を起こすパリ市民であり、その関心事はもっぱら自分の情婦にある。また、「大七事件」ではフランス兵の攻撃の対象は兵舎近くの娼館であり、「戦闘のあと」では戦争の余波で生まれたフランス人男女の情交が語られている。
そして、『メダンの夕べ』におけるゾラと第二世代の作家の作品の違いは、こうした戦闘場面の有無だけではなく、女性登場人物の形象にも認められる。訳者が本書の副題を「戦争と女たち」としているのは示唆的である。ゾラの「水車小屋の攻防」のヒロイン、フランソワーズは純朴で愛情深い田舎娘であるが、他の作品に登場する女性たちは、まさに戦争の舞台裏に存在する娼婦や看護修道女であり、彼女らの間には類似するイメージを見出すことが可能である。「脂肪の塊」の娼婦は憎悪するプロシア兵を殺そうとするほど気が強く、年配の修道女は大男の兵士を一言で屈服させる。「背嚢を背負って」のアンジェル修道女は兵士たちの下品な言動にも全く動じず、「大七事件」の娼館の売春婦は兵士に襲いかかる。「瀉血」の魔性の女パオエン夫人はプロシア軍に包囲されたパリを救いたいというヒロイズムの感情から総司令官に突撃攻撃を実行させ、「戦闘のあと」のエディトも自らのヒロイズムによって負傷した兵士を馬車に同乗させ、彼の手当をするのである。
そして、これらの女性登場人物においては、いわゆる「女らしさ」は後退し、それに代わって勇敢さや攻撃性といった「男らしさ」が強調されている。そして、パオエン夫人やエディトのヒロイズムも愛国的な動機ではなく、感情に駆られた本能的な衝動から生まれている。また、彼女たちには身分や社会的地位にとらわれない行動や感情が表出し、そこには「聖」と「俗」が混交することになる。例えば、「脂肪の塊」の娼婦は彼女に醜い陰謀をめぐらす周囲の上流人士に比べるとよほど高潔であり、「戦闘のあと」のエディトは高貴な生まれでありながらゆきずりの兵士、しかも神父である男に身を任せるのである。
これらの女性によって示されているのは、戦争という非日常的状況において露わにされる人間の本能や衝動にほかならない。つまり、第二世代の作家の「自然主義的な」ヴィジョンによると、戦争によって発現するのはナショナリズムや愛国心ではなく、通常は人間の奥底に眠っている獣的本能であり、「男らしさ」と「女らしさ」、そして「聖」と「俗」の境界が無効化されてしまうのである。これは1880年当時、第二世代の作家が女性蔑視の側面を持つショーペンハウアーの厭世哲学を熱狂的に受け入れていたことと無関係ではないだろう。ゾラの「水車小屋の攻防」は、家庭の幸福の象徴である水車小屋がフランスとプロシアの両軍によって破壊され、ヒロインの父と婚約者が死ぬという悲劇を描き、戦争の愚かさを告発するもので、いわば反戦的な作品となっている。それに対して、第二世代の作家たちが告発したのは「戦争の愚かさ」ではなく、人間の秘められた本能や獣性、理性では統御できない「人間の愚かさ」であり、人間性に対する深いペシミズムが感じられるのである。
ゾラと第二世代の作家のこのような差異は、おそらく戦争体験の違いにその大部分が由来すると思われる。ゾラは近視かつ家族の扶養者ということで兵役を免除され、戦時中はおもにジャーナリストとして活動していた。ゾラは戦争によって生活が激変するものの、実際の戦闘に加わることはなく、少し距離をおいたところから戦況をいわば客観的に把握できる立場にあった。なお。後にゾラは普仏戦争とパリ・コミューンを題材に第二帝政の崩壊を描いた長編小説『壊滅』(La Débâcle. 1892)を執筆しているが、これは膨大な資料と実地調査に基づいた記録小説という側面が強く、作者のジャーナリストとしての体験が生かされている。
それに対して、ゾラよりも約10才若い第二世代の作家は、普仏戦争の敗北やパリ・コミューンの惨劇を多感な20才前後で目の当たりにしたばかりではなく、その全員が実際に兵士となり、戦争に多かれ少なかれコミットしている(詳細は本書の「訳者解題」を参照)。この生々しい体験が、モーパッサンにおいて典型的に見られるように、彼らの人生観や世界観に少なからぬ影響を与えたことは疑う余地がなく、それが第二世代の作家たちのペシミズム、つまり、彼らと同世代のポール・ブールジェが『現代心理論集』(Essais de psychologie contemporaine, 1883)において分析した1880年代前半の文壇を特徴づけるペシミズムやニヒリズムの源流のひとつになったと考えられる。
戦争体験が直接的に描かれているという意味で注目すべき作品は、ユイスマンスの「背嚢を背負って」である。この作品は『メダンの夕べ』において一人称で書かれた唯一の小説で、セーヌ県の国民遊撃隊の一員として動員された作者自身の体験がほぼそのままに赤裸々に語られている。ユイスマンスが実際に属した大隊は命令に反抗的な態度を示したことで知られており、この作品からはそのような軍隊の雰囲気もリアルに伝わってくる。「背嚢を背負って」の主人公は、作者自身がそうであったように、戦地に向かう前に赤痢にかかり、汚い病院をたらい回しにされた挙句、休暇をもらってパリに戻る。本作には印象的なパッセージがふたつある。ひとつは、本書の帯にも掲載されている冒頭近くの以下のものである。
プロイセンとの戦争が勃発した。本当のところ、どうして兵士の大殺戮が必要なのか分からなかった。他人を殺す必要も、他人に殺される必要も感じていなかった。(本書118頁)
これは突然招集されることになった主人公の思いであるが、実際に兵役についた第二世代の作家にある程度共有された感覚だったと思われる。彼らには国家への忠誠も敵愾心もなく、訳のわからないままに動員され、戦争の恐怖や劣悪な環境を経験することになるのである。もうひとつは、そうした酷い体験を経て、パリの下宿に戻った主人公の感慨を記した結末部である。
自分の家で、自分のトイレにいるんだ! そして病院や野営地での雑居状態を経験しない限り、たらいのありがたみが分かったり、心置きなくズボンをおろせる場所で孤独の味を噛みしめたりすることはできないと思うのだった。(本書153頁)
後にアンドレ・ブルトンが『黒いユーモア選集』(L'Anthologie de l’humour noir, 1940)でユイスマンスを取り上げているが、「背嚢を背負って」全編に横溢する皮肉や嘲笑は、まさにブルトンのいう「黒いユーモア」であり、不条理で悲惨な状況に反逆するための手立てにほかならない。ユイスマンスが描いたものはナショナリズムや愛国心とは無縁の戦争体験、つまり肉体的な快不快に還元されうるような個人的な体験であり、そこには突然招集された若者たちの偽らざる心情が投影されている。ルイ=フェルディナン・セリーヌの『夜の果てへの旅』(Voyage au bout de la nuit, 1932)を予告するこのユイスマンスの傑作が、優れた翻訳によって読者に届けられることも本書刊行の大きな意義であると思われる。
このように『メダンの夕べ』は、ゾラと第二世代の作家の世代間ギャップを反映しながら、同時代の愛国的な大衆感情に迎合しない悲観主義的で「自然主義的な」普仏戦争のヴィジョンを提供するとともに、この戦争を直接的・間接的に体験した同時代人の証言でもあり、文学的にも歴史的にも貴重なテキストである。そして、本書に収録された「メダニスト」たちのヴァリエーションに富んだ作品群は、遺伝や環境といった紋切り型の用語で説明されがちなフランス自然主義文学の持つ多様な側面、とりわけ、我が国ではよく知られていない第二世代の作家たちの幅広い個性を読者に伝えてくれるであろう。
![]() | メダンの夕べ 戦争と女たち 《ルリユール叢書》 アンリ・セアール、エミール・ゾラ、ギ・ド・モーパッサン、ジョリス゠カルル・ユイスマンス、ポール・アレクシ、レオン・エニック 安達孝信/足立和彦訳 出版社 幻戯書房 判型 四六判変型 刊行年 2025年10月 定価 3900円+税 ISBN 978-4-86488-333-7 |


