ブアレム・サンサール『ドイツ人の村 シラー兄弟の日記』(青柳悦子訳、水声社、2020年) / 石川清子

 イスラーム救国戦線(FIS)の総選挙勝利をきっかけとする1990年代のアルジェリアは「暗黒の十年」と呼ばれる壮絶な内戦時代だった。日本人を含め、在アルジェリア外国人がいっせいに国外退去したことを記憶に留めている人もいるだろう。複数のイスラーム過激集団による血腥い暴力の応酬のさなか、国内外で夥しい数の文学テキストが書かれた時期でもある。状況を告発するため、証言するため、自分を見失わないため、恐怖に立ち向かうために。ブアレム・サンサールも内戦中にペンを執った一人で、1999年、国家公務員の任にあった50歳で第一小説『蛮人たちの誓約』を刊行し、現在ではアルジェリア文学を牽引する作家の一人に数えられる。一貫して体制批判の論客として、職を解かれアルジェリアでその著書の殆んどが発禁処分にありながら、脅迫と監視のもと、国内に留まり執筆を続けている。

 既に邦訳のある『2084 世界の終わり』(中村佳子訳、河出書房新社、2017年)はイスラーム原理主義が覇権を握る近未来を予言的に描いたディストピア小説だが、2015年秋に刊行されたこの書の2週間後にパリ同時多発テロ事件が起きている。これから推測できるように、サンサール作品は世界のどこかで起きているおぞましい現実、とりわけイスラームを標榜する権力の横暴を素材として扱い、アルジェリアを中心に据えつつも読み手が関わるであろう世界のいずれかを照射する。この作家がとりわけ欧州で熱心に読まれるのは、アルジェリアという特殊な地点から発信される普遍的な糾弾と予知の声に共振できるからだろう。

 サンサールの最良の作品として誰もが『ドイツ人の村 シラー兄弟の日記』をあげる。タイトルが物語のヒントを多く与えるとしても、アルジェリアの辺境の村からパリ郊外へ、そして歴史的に遡ってナチス・ドイツとホロコーストに関わる欧州、そしてトルコ、エジプトへ舞台をつなげ、地理的、歴史的に大きな振幅をもって対照的な兄と弟の内面を刻々と追っていく書きぶりは、訳者が指摘するように「圧倒的なドライブ感」がある。

 物語は一見して荒唐無稽にみえる。ドイツ人、ハンス・シラーを父に、アルジェリアのセティフ近郊の寒村アイン・デーブの長老の娘、アーイシャ・マジャーリを母に村で生まれた兄弟、ラシェルとマルリクは幼少時から、パリ郊外に移民した父の知人、アリー叔父さんとサキーナ叔母さんのもとで暮らす。兄ラシェルRachelはラシードRachidとヘルムートHelmutを、弟マルリクMalrichはマレクMalekとウルリッヒUlrichを合わせてさらにフランス語読みした名である。兄は金髪で青い目、学業優秀で多国籍企業のエリートビジネスマンとして世界を飛び回り、かたや弟は荒れた郊外の典型的な落ちこぼれで、警察とも顔なじみ。兄が見事にフランスに「統合」した模範生に対し、弟はフランス国籍取得など興味もなく、兄の妻からは疎まれている。しかし、こんな兄弟がありうるだろうか。アルジェリアの辺境で、ドイツ人男性とアルジェリア人女性の夫婦など成立するのだろうか。この辺りからすでに物語の虚構性が出ているが、現実ではないという作りもの感を伴いながら、事態はフルスピードで進展していく。

 自殺した兄が残した日記と、それを読んで弟が記す日記を交差させ物語は進む。1994年4月、独立闘争時から聖戦士として村の英雄であった父が村民ともども武装イスラーム集団(GIA)によって殺害される。村を訪れたラシェルは、残された遺品から、父が元ナチ親衛隊員として収容所やガス室でホロコーストを実行していた秘密を知る。父とは誰か、何をしたのか。英雄と疑わなかった父は人類史上最悪の殺戮を犯した犯罪者だった。ラシェルは真相を追って父の足跡をたどり、膨大な量の緻密な調査に没頭する。その深度と具体性が、フィクションである物語に震撼すべき信憑性を付与していると言えよう。とりわけ、ブルガリアからイスタンブール、そしてカイロへ脱出し、アルジェリア解放戦線(FLN)の革命戦士へ変貌することで生き延びるハンス・シラーの足どりは荒唐無稽に見えつつ真実味がある。このようにしてナチ残党は世界中に散らばって身を潜めたのだろう。

 「怪物の落とし子」たる息子ラシェルは自身の制御不可能に陥り、収容所で殺害されたユダヤ人を模すようにガス自殺で父の罪を贖おうとする。マルリクは不可解な兄の死を悼みつつ、兄の日記から学業不振者なりに歴史をゼロから学び、兄の足跡をたどる。そして、自分が暮らす団地を席巻するアルジェリアから流れてきたイスラーム主義の導師たちのうちに、父が関わったナチズムとの類似を見る。父はまた、そのイスラーム主義の暴力の犠牲者でもあるのだが。マルリクは強制収容所化する団地を脅かす力に抗し、一家の物語、つまり父の過去を語ることを決意する。ミステリーのように一気読みさせる重い物語のうちに、父と息子、罪と罰という文学の古典的テーマ、歴史の継承、記憶の義務という現代の課題が埋め込まれている。

 サンサールは国内調査中、アルジェリアに実在する「ドイツ人の村」を知ったという。しかし、本作品の魅力は現実かどうかではなく、およそつながるはずのない現代史の暴力が奇妙な論理でつながり、およそすべての人類悪は想像を超えた秘密の通路で密かにつながっていること、被害者と加害者、善と悪はたやすくひっくり返ることを、兄と弟それぞれの個が発見、体験していく点だろう。兄の徹底した調査眼からはサンサールの筆力が透けて見える。しかし、小学校をドロップアウトし、「まともなフランス語」が書けない弟の直感と兄への愛が明晰な道筋を引くことになる。優秀な移民として恩恵を享受した兄は、アイン・デーブ村の惨劇まで、自分の住むパリ郊外の一戸建て住宅を「比類なき平和の港」、ろくに帰還したこともない故郷の村を「奇跡のオアシス」と信じきるほど鈍感であった。弟は、「パリから三〇分の場所」にある自分の団地が「完璧に組織されたイスラーム共和国」に侵食されるのを日々実感し、内務大臣に宛てた手紙では「現在の国境線どおりにここを国内にとどめておきたいなら」と断りをつけるように、マジョリティーのフランスとは異質の地にいることを理解している。郊外(バンリュー)は予めフランスから除外された地区なのだ。

 この地区はまた、言語的にも持たざる者の一帯である。ろくすっぽ文章を書けないマルリクの日記は、ラシェルのリセの恩師の手で「自分の文章とは思えないほどの」フランス語になっている。私たちが読むのは修正されたマルリクの声だ。介在者なしでは落ちこぼれの団地住民の声などどこにも届かない。さらに、幼少時からフランスで暮らし、故郷のベルベル語は知らず、片言のアラビア語とドイツ語で切れ切れに母と会話する。アルジェリアとも希薄なつながりしか持っていない。本書のタイトルからは何も示唆されないフランスのバンリューという空隙に、サンサールはフランスのなかの見えざるアルジェリアをあぶり出す。「互いにさんざん殺し合いを演じてきたドイツとアルジェリアとフランスの間」の境界線は、ここでは一緒くたになる。内戦後、多くのフランス語作家が国外移住を選んだのに対し、サンサールはアルジェ近郊の町に留まり、当局の監視下で執筆してきた。ところがサンサールの書くアルジェリアは国内に留まらず、いつのまにか国境を越えてフランスを舞台とするのもこの作家の逆説的な魅力だろう。

 サンサールがアルジェリアの内戦時代に執筆活動を始めたことは既に述べた。この物語は確かに内戦時代の虐殺に端を発している。しかし、刊行年の2008年という年号をみると、アルジェリアの内戦が収束へと向かう時期であり、むしろ2005年のフランス全国で起きた移民系と呼ばれる若者たちの暴動に想を得たように思える。イスラームが関わる世界情勢を予言的に巧みな物語にしあげる作者である。マルリクの暮らす本書のパリ郊外の風景から(彼の日記は1996年10月から翌年2月までカバーする)、2015年のパリの二度のテロまで、それほど距離は遠くない。『2084』はオーウェルを下敷にイスラーム国(IS)の暴威を予告したとしても、寓意色がまさり人物像が硬直した小説だった。『ドイツ人の村 シラー兄弟の日記』は兄と弟、それぞれに寄り添いつつ歴史の暗部へ入りこんでしまう小説として、やはりサンサールの傑作と称したい。マルリクの声が闇のなかの光になるだろう。

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