「レティシア・ペレ、1992年5月4日ナント生まれ、ラ・ベルヌリー=アン=レーにあるナント・ホテルのウェイトレス。彼女は2011年1月18日から19日の夜にトニー・メイヨンによって誘拐され、強姦され、殺された」。これはウィキペディアに掲載された≪Laëtitia Perrais≫に関する冒頭の記述である。本書はこの「レティシア事件」を扱った、Ivan Jablonka, Laëtitia ou la fin des hommes, Édition du Seuil, 2016の全訳で、著者ジャブロンカにとっては『私にはいなかった祖父母の歴史』Histoire des grands-parents que je n’ai pas eus(田所光男訳、名古屋大学出版会、2017年)、『歴史は現代文学である』L’histoire est une littérature contemporaine(真野倫平訳、名古屋大学出版会、2018年)に続く、三冊目の日本語訳となる。歴史家であるジャブロンカは、まずこのような三面記事事件(fait divers)を歴史学の対象として取り上げる意味を次のように説明する。「被害者を犠牲にして殺害犯を持ち上げないような犯罪の物語を、私は見たことがない。〔……〕私は反対に、女性たちや男性たちを彼ら自身の死から解放し、生命さらには人間性を奪った犯罪から引き離したい。「被害者」として称えるのではなく〔……〕ただその人生の中に置き直したい。彼らのために証言したいのだ」(2頁)。三面記事の中で「被害者」はつねに「殺害犯」と結びつけて語られる。三面記事における「被害者」の存在理由は、「殺害犯」がもたらした、その悲劇的な死の中にしか見出されない。彼女/彼は、殺されるために存在したかのようだ。もちろん、そんなはずはない。
さらにレティシアの場合、犯人が逮捕されたあとも遺体がなかなか見つからず、メディアが捜索の様子を連日報道したため、事件に対する人びとの関心は日々更新された。また、ジャーナリストの群れはレティシアの近親者たち-双子の姉ジェシカ、里親のパトロン夫妻、あるいは離れ離れに暮らしている両親やその親族-のもとにも押しかけ、悲嘆にくれる彼らの表情や言葉をとらえて、国民に同情の涙を流させた。巧妙な政治家である共和国大統領ニコラ・サルコジは、被害者の家族をエリゼ宮に招いて苦悩を分かち合う姿勢を示しただけでは飽き足らず、事件を司法官の怠慢と結びつけて政治問題化してみせた。地方の都市周辺地域に暮らす一少女の悲劇は、こうして視聴者の好奇心を呼び起こし、「消費者向けの物語」(95頁)に仕立てられ、「国民的な悲劇」(同頁)へと変貌を遂げた。レティシアの死は、全国民が注視する見世物(スペクタクル)と化したのだ。この「三面記事という死のスペクタクルへの変貌」に対し、それもまた「不正」であるとして、ジャブロンカは「全身全霊で反抗する」(146頁)。
レティシアが注目に値するのは、その惨たらしい死のためではない。おぞましい犯罪の被害者だから、彼女について語る価値があるのではない。ジャブロンカは言う。「レティシアはその死によって重要なだけではない。その人生もまた、一つの社会的事実であるがゆえに、われわれにとって重要である。それは自分よりも大きな二つの現象を体現している-すなわち、子供たちの傷つきやすさと、女性たちが受けている暴力を」(3頁)。レティシアの物語が語るに値するのは、19年に満たない彼女の人生を取り巻いていた社会的現実が、大勢の彼女の同類たち-実の親から引き離され里親に育てられた子ども、十代で社会に出てゆく都市周辺地域の若者、そして何より女性-のそれを体現しているからに他ならない。たしかにレティシアは犠牲者だった。しかし、それはたんに強姦殺人という三面記事事件の犠牲者だったのではない。彼女はトニー・メイヨンに殺される前から、その他大勢のレティシアが生きることを余儀なくされている社会状況の犠牲者だった。だからこそ、この三面記事事件は歴史学を含む社会科学の対象となり得るし、対象とする価値があるのだ。
もちろん、特殊な個別事例から社会の全体的な特徴を描出しようという試み自体は歴史研究において目新しいものではない。例えば、アナール派の代表的歴史家エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリは、異端審問記録の分析を通じて、中世のピレネー山麓に暮らす村人たちの物心両面における生活のあり様を生きいきと描き出した(『モンタイユー』)。同じく異端審問記録を読み解き、近世初頭の北イタリア・フリウーリ地方の生気に満ちた民衆文化を炙り出した、カルロ・ギンズブルグによるミクロストリアの傑作を思い起こしてもよい(『チーズとうじ虫』『ベナンダンティ』)。ジャブロンカの試みの新しさと特質は、それゆえ描き出される対象よりも、むしろその対象を物語るその仕方にあると言うべきだろう。「語り手」としての明確な自覚が、彼の叙述を根底で支えているのだ。
改めて指摘するまでもなく、19世紀に近代歴史学が誕生して以降、今日に至るまで歴史は科学と文学の間で引き裂かれてきた。ある者は自然科学と同等の科学的学問であることを主張し、歴史叙述から文学的修辞を排除することを求めた。またある者は、歴史もまた物語であるとして、文学ジャンルとしての歴史を標榜した。一世紀以上にわたって繰り広げられてきたこの論争は、言語論的転回の登場により、完全な袋小路に入り込んでしまったかに見える。一方が相手を修正主義者と呼べば、もう一方は素朴実証主義のレッテルを貼り返す。こうして科学と文学の間で身動きのとれなくなった歴史学への処方箋として書かれたのが、『歴史は現代文学である』だった。その中でジャブロンカは、「科学的な歴史」と「文学的な歴史」の二者択一は「一つの罠」だと注意を促し、科学であると同時に文学でもあるような歴史は不可能ではないと訴える。その方法は読者に「アトリエ」を開放すること、つまりは調査を物語ること、研究の過程そのものを読者に開示すること、歴史家の「試行錯誤の物語」として歴史を提示することである。これに関連して、ジャブロンカがトゥキュディデスとの比較で、ヘロドトスを高く評価していた点も興味深い。曰く、「彼は、トキュディデスのように、おのずから語る歴史を前にして自分自身を消したりしない。彼は自らの調査者としての立場を引き受ける。〔……〕彼の「私は思う」とか「私によれば」とか「私としては」という発言は、調査の前科学的な在り方を示すのではなく、研究者のためらい、要するに研究者の科学性を示している」(真野訳『歴史は現代文学である』117頁)。
本書でのジャブロンカの叙述にも、調査する「私」が頻繁に登場する。しかも、その「私」は、調査の過程で生じた心の動きを隠さない「私」である。「私はジェシカのそばにいるのが好きだった」(37頁)。「私はそれらの思い出を聞いて暗い気持ちになった」(72頁)。双子姉妹の実父「フランク・ペレが自分は下層社会の人間だと認め、父親失格だと証明したそのやり方を見て、私は憂鬱な気持ちになった」(114頁)。ジェシカの弁護士「セシル・ド・オリヴィエラと会ってすぐに、私はその知性、繊細さ、人間性に強い感銘を受けた」(210頁)。通常の歴史叙述では、語り手である歴史家が、このように心の内を明かすことはほとんどない。調査の結果だけを淡々と、冷静に、理路整然と論じていく。なめらかで美しいが、ひんやりとした大理石のような叙述。それに対し、ジャブロンカの叙述には、血の通った生身の彼自身の声が、冷徹に事実を見つめる社会科学者の声と同居し、この二つの声が「事実の解明をなしとげる調査の物語」と「事実を再現する物語」をそれぞれ語ってゆく。これはホロコーストの犠牲となった家族の伝記、『私にはいなかった祖父母の歴史』でも試みられた方法であるが、本書では「事実を再現する物語」が、事件に至るまでのレティシアの人生の物語、事件発覚後の捜査と裁判の物語、そして事件当日の犯罪の物語に分けられ、より多面的な構成がとられている。そのうえ、これらの物語は時系列に沿っては配列されず、私たち読者は複数の時間を行きつ戻りつしながら読み進めていくことになる。この複雑な構成をもつ物語群を混乱なく語りきったジャブロンカの手際は見事と言うほかない。
叙述面での冒険ということで言えば、「方法としてのフィクション」についても言及しておきたい。それは「その創造的性格によって魂の秘密に入り込み、出来事の真相を解明するような仮説」(257頁)、訳者真野倫平氏の解説を借りれば「単なる架空の創造物ではなく、真理の探究において方法的に用いられる論理的虚構を指す」(382頁、注62)。『歴史は現代文学である』では、フィクションであることが明示され、最終的に現実に回帰し、論理によって操作されている点において、小説におけるフィクションとは異なると説明される。レティシアは、殺害される数ヵ月前、家族と友人に宛てて自殺をほのめかす三通の手紙を書いた。結局自ら命を絶つことはなかったが、別の形の死によって、彼女の「魂の秘密」は永遠に謎のまま残されることになった。ふつう歴史家であれば史料によって裏づけられない謎に虚構で挑もうとはしないだろう。事実をして語らしめよ。しかしジャブロンカは、レティシアが抱えていた苦悩を理解するために、敢えて戒律を破る。その苦悩もまた、彼女の人生の大切な一部だったのだから。
こうして緻密で根気強い調査に加え、重層的な語りと論理的な想像力を駆使してレティシアの「生の伝記(ビオグラフィー)」(4頁)を書きあげたジャブロンカは、残された双子の姉ジェシカのことを思いやり、こうつぶやく。「私は初めて自分のジェンダーを恥ずかしく思った」(342頁)。なぜなら、彼の仕事が明らかにしたのは、双子姉妹を抑圧してきた「二十一世紀における堕落した男性性、男たちによる専制、ゆがんだ父性がもたらす脅威」(344頁)に他ならないからだ。己の快楽のため、自身の栄誉のため、権力を誇示するため、男たちは自分たちの「法」に従うよう彼女たちに服従を強いてきた。この点では、薬物中毒の殺人者も、アルコールに溺れる父親も、歪んだ愛情を隠し持つ権威主義的な里親も、民衆の味方を気取る国家元首も違いはない。そして、学術的調査と称して、癒えかけた傷口をまた開くような質問を投げかける学者先生も。唯一の救いは、ジェシカが傷つきながらも何とか生き延び、「もはや男たちに何も期待するものはないと理解し」(344頁)、自らの人生を取り戻しつつあることだ。原著の副題「男たちの終焉(la fin des hommes)」は、著者ジャブロンカがこれからを生きるジェシカたちに託した未来の姿である。
最後に、多彩な登場人物の言葉を巧みに訳し分け、臨場感あふれる作品に仕上げた訳者にも敬意を込めて拍手を送りたい。